月夜見 “月は おぼろに…”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


春を連れてくるのは雪割草だったり梅だったりするけれど、
そうやってやって来た春爛漫を盛り上げるのは、
やっぱり さくらだなぁって、ついつい思う。
相長屋のおリカ辺りは、
菜の花だってサザンカや椿だって綺麗じゃないかと言うけれど。
そうじゃねぇんだよな、うん。
そっちだって確かに綺麗は綺麗だが、何てのかこう。
あんな小さい花だってのに、
枝にぽつんって咲いてるのでも、
眸に入りゃあ ほぼ必ず“おっ”て注意が留まるしよ。
それが河原の土手なんぞに並木ンなってて、
しかもそれが一斉に満開になってたりしてみな。
種類にもよるけど大概普通のは葉っぱは後からだからよ、
薄く桃色に色づいた花ばっかで埋め尽くされてる風景は、
何言っていいのか判んなくなるほど圧倒されて、胸が鷲掴みにされるほど。
それがお前、時々まだ強い目の風に煽られて、
枝ごと大きく ゆさりゆらゆら、揉まれて揺れたりしてみな。
白っぽい桃色の波が端から順々に、
こう風が通っておりますよってのを形にしながら、
端から端へとうねって揺れてく様子が、
これがまた、どんだけ観てても飽きが来ねぇ。
そいでよ、
昼間の、空の青に張り合うみたいにくっきり綺麗な桜もいいが、
夜の桜も綺麗なんだな、これが。
公苑とか有名な通り道とかだと、
見物が通るからってんで、
わざわざ提灯吊るしたりぼんぼり灯したりって明るくしてあって。
それがあっての照るような綺麗さがいいなんて、
利いた風な言いようをいつだったかウソップがしていたけれど。

 『親分は夜に弱ぇえからな。夜桜なんて見たことねぇんだろ?』

ば、ば〜か、忙しいから見てる暇がねぇんじゃねぇかよっ。
現に今、ちゃんと見てっぞ、このやろが。
しかもそんな、提灯とかに照らされてる、昼間の続きみたいな桜じゃねぇ。
元は境内だったらしい小高い丘に咲いてた桜、月の光が照らすのを、
一人で独占しての夜桜見物だ、粋なもんだろ? え?
昼のうち、空き巣を追っかけ回して捕まえて、
その武勇伝をご披露したのが、町内のみんなで繰り出してた花見の宴。
そんなお勤めをこなしてから混ざったもんだから、
子供らが帰った夕刻以降も、
まま もちょっと食ってけ飲んでけって、
大工の留さんとか居職の飾り職人の松さんとかに引き留められちってよ。
長唄の師匠がきれいな声で歌ってくれて、
そいで、この時期には珍しい、葡萄の蜜しぼりだよって、
ぎあまんのぐらーすに ついでもらったの飲んでたら、
そのうち何だかいい気分になっちって。/////////

  ああ、でも、夜の桜ってのも綺麗だよなぁ。

何てのかな、
提灯とかで照らさなくても、月の光だけでいいんじゃんか。
花が自分から光ってるみたいで、
濃いぃ藍色の夜空に、
今度は張り合うみたいじゃなく寄り添い合ってるみたいに、
しっとりと そりゃあ仲良くしててさ。
昼間の空よりもっと、色の度合いは違うってのに、
何でそう…弾かれ合ってないように見えるんだろうな。


  なあおい、聞いてっか? 人の話をよ。
  いい子いい子じゃねぇよ。
  寒くなんかねぇ…けど、
  うん、温ったかいからそのままでいろってんだ。
  頑丈なガタイっきゃ取り柄がねぇ、このなまぐさぼーず。





  ◇  ◇  ◇



結構いいことを言ってると思う。
いいことってのとは また違うか。
桜の風情とか、夜空との相性とか、
そんな情緒あることへも眸が向くお人だったんだなぁって、
思わぬお顔を見たようで、それがちょっと意外というか。

 「〜〜〜。」

ああ、そろそろ何言ってるのかが判らなくなって来たぞ、と。
呂律が回らないってんじゃないんだよな。
恐らくはもう眠いんだろう。
夜中の捕り物ンときなんざ、
ホシを追っかけてる間は元気凛々なくせして、
捕まえて落ち着いちまうとその途端、
ふにゃふにゃって眠そうな顔になってたもんな。
長屋近くの土手の広っぱ、花見の宴席にいたのを見かけてはいたが、
他のおチビさんたちを送りがてら、早めに帰るものと思っていたらば、
こっちもこっちで一仕事終えての通りすがった廃寺で、
元は鐘楼だったのだろう石垣の縁、ちょこり座ってぼんやりしてやがってよ。
さして高さはなかったけれど、何だか酔ってるみたいな親分さんだったんで、
こりゃあ…見過ごしてのとおり過ぎる訳にもいかねぇ。
正気ン時ならともかくも、
こんな様子のまんまで落っこちたら怪我でもしかねねぇ。
そうと思ってそぉっと近づき、

 『こんなところで何してんだ?』

声をかけたら、自分の隣りを何度も何度もぺしぺし叩いて。
座れと言って聞かないもんだから…こういうことに至ってる。
俺は慣れがあっけどよ、まだ夜は冷えるんだぜ?
早く帰って、暖ったかい布団にくるまって寝なよ親分…と。
一応は言ってやったんだがよ。
う〜んとか むうんとか、
返事かどうかも怪しい、良く判らない声を出してから、

 『…暖ったかいからいい。』

ぱふり、頬をくっつけて来たのがこっちの懐ろと来たもんだ。

 『な…っ。///////』

いやあの、だからっ。
俺はそのだな、仕事上のこととして、
いかにも市中を徘徊している“ぼろんじ”でなきゃいけねぇからよ。
だから、あんまり風呂にも入らねぇし、
この衣装だって、よほど破れでもしねぇ限りは着替えるこたぁない。
その割に荒ごとが多いんで、埃もかぶりゃあ汗もかいてて、
はっきり言って…臭いんじゃね?
あんまり身ぎれいにってところは構ってない親分でもよ、
その分、周りが口うるさそうだから、そこはやっぱり綺麗にしてんだろうしよ。

 「………親分?」
 「みゅ〜。」
 「だぁーっ、何しやがっ…。///////」

騒いだら誰か来ちまう、か。
……しゃあねぇな、こりゃ。///////
寝ちまうのを待って、家まで運んでやるしかねぇかな。
それにしたって、いきなり人の口の傍を舐めてんじゃねぇよ。///////
誘うような甘いもんなんざ、食った覚えもねぇってのによ。
まさかそういう酔い癖があんじゃねぇだろな。
他の奴にもくっついての〜〜〜ってこたぁなかろうな。
あの板前とか、見るからに“女好き”だって振る舞ってやがるけど、
こ〜んな可愛い顔で寄って来られちゃあ、
主旨変えも難しいこっちゃねぇだろうしよ。

  なあおい、聞いてっか? 人の話をよ。
  うんうんじゃねぇよ。いい加減な相槌打ちやがってよ。
  寒くは…ねぇのか?
  うん、温ったかいならこのままでいてやろってんだ。
  ありがたく思えよ? この性悪猫みてぇな岡っ引きさんよ。




  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.4.11.


  *親分に ちうの酔い癖があるかどうかは、誰も知りません。
   だってこれまでは、酔ったらすぐ寝てしまってましたから。
   だから、ちうの経験はまだない筈なんですがねvv

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